2025年8月、米国の半導体大手NVIDIAとAMDが、特定のAI半導体を中国へ輸出するために、その売上の15%を米国政府に支払うという前例のない合意に至りました。
このニュースは、単なる企業と政府の取引ではありません。米中間の激しいテクノロジー覇権争い、国家安全保障、そしてグローバル経済の未来を占う重要な出来事です。
この記事では、以下の点について分かりやすく解説します。
- 一体何が起きたのか?「15%ルール」の核心
- なぜこのような異例の合意が生まれたのか?その背景
- 関係者の思惑:NVIDIA、AMD、米国、そして中国の狙い
- この合意がもたらす今後の影響と私たちの生活への関わり
異例の合意「15%ルール」とは何か?

今回の合意の核心は、非常にシンプルです。
「NVIDIAとAMDは、特定のAI半導体を中国に販売することを許可される代わりに、その売上高の15%を米国政府に納めなければならない」
これは、関税やライセンス料とは異なる、特定の企業と製品だけを対象とした特別な「市場アクセス料」や「通行料」のようなものです。
対象となる製品
このルールの対象となるのは、米国の輸出規制に対応するために性能を調整された、いわゆる「中国向けダウングレード版」のAIチップです。
- NVIDIA H20: フラッグシップモデル「H100」の性能を抑えたバージョン。しかし、AIの「推論」性能に不可欠なメモリ性能は高く、中国のテック企業にとって依然として魅力的です。
- AMD MI308: NVIDIAのH20に対抗するAMDの輸出準拠チップ。
これらのチップは、AIモデルをゼロから開発する「学習」能力は制限されていますが、学習済みのモデルを動かす「推論」能力は高いため、中国のAIサービスを支える上で重要な役割を果たします。

なぜこんな合意が?トランプ政権の取引的アプローチ
この異例の合意が生まれた背景には、米国の厳しい対中半導体規制と、トランプ政権の取引的な外交スタイルがあります。
- 規制強化による市場喪失の危機: 米国はバイデン前政権から、国家安全保障を理由に高性能AI半導体の中国向け輸出を厳しく規制してきました。これにより、NVIDIAやAMDにとって年間数兆円規模の巨大市場である中国を失う危機に瀕していました。
- NVIDIA CEOによる直接交渉: この状況を打開するため、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOがトランプ大統領と直接交渉。その結果、「性能を抑えたチップであれば、売上の一部を政府に納めることを条件に輸出を認める」という取引が成立しました。
これは、ルールに基づいて一律に規制する従来の方法から、個別交渉によって譲歩を引き出すトランプ政権特有のアプローチを象徴しています。

各社の思惑:誰が何を得て、何を失うのか?
この複雑な取引には、各関係者の様々な思惑が絡み合っています。

NVIDIAとAMDの計算:「売上の85%は、ゼロより良い」
- メリット: 数兆円規模の中国市場へのアクセスを回復できる。
- デメリット: 売上の15%を失うため、利益率が圧迫される。
両社にとって、15%の支払いは痛手ですが、巨大市場から完全に締め出されるよりは遥かに良いという現実的な判断です。
米国政府の戦略:「支配」と「歳入」の一石二鳥
- 国家安全保障: 最先端技術の流出は防ぎつつ、性能を抑えたチップを輸出することで、中国を米国の技術(テック・スタック)に依存させ続ける。
- 新たな歳入源: この合意により、年間で数千億円規模の新たな歳入が見込める。
米国は、中国が完全に独自の技術を確立して米国の影響下から脱却することを防ぎたいと考えています。
中国の反応:「警戒」と「国産化」の加速
- 表向きの反応: 米国製チップのセキュリティ(バックドア)への懸念を表明し、「米国製チップに頼る必要はない」という姿勢を示す。
- 本音: この合意を、技術的自立をさらに加速させるべき警鐘と捉えている。
米国が輸出許可を政治的な取引の道具として使うことは、中国にとって供給網の脆弱性を改めて浮き彫りにしました。これにより、Huawei(ファーウェイ)のような国内企業の育成と、半導体の完全国産化に向けた動きがさらに加速することは確実です。

今後の影響と3つの注目ポイント
この「15%ルール」は、世界のテクノロジー業界と国際関係に大きな波紋を広げます。

法的・政治的な問題点
米国内では、この合意が憲法で禁じられている「輸出税」にあたるのではないかという批判や、「国家安全保障を金で売る危険な先例だ」という強い反発が議会や専門家から上がっています。今後の法廷闘争や政治問題に発展する可能性があります。
半導体サプライチェーンの再編加速
企業は地政学リスクを事業コストとして織り込む必要に迫られます。米中どちらか一方に依存するリスクを避けるため、生産拠点をベトナムやインドなどに移す「チャイナ・プラスワン」の動きがさらに加速するでしょう。
中国の技術的自立は進むか?
米国の規制は、皮肉にもHuaweiの「Ascend 910B」のような中国製AIチップの性能向上を促しました。短期的にはNVIDIAやAMDが市場を維持するかもしれませんが、長期的にはこの「通行料」が、中国が米国技術への依存から脱却する強力な触媒となる可能性があります。

まとめ
NVIDIAとAMDによる「15%ルール」の合意は、米中テクノロジー戦争が新たな段階に入ったことを示す象徴的な出来事です。
これは、国家安全保障と経済的利益が複雑に絡み合い、政府と巨大テック企業の関係が大きく変わろうとしている現実を映し出しています。この前例のない取引が、世界の半導体地図と未来の国際秩序をどのように塗り替えていくのか、今後も注意深く見守る必要があります。