ispace(9348)、米国ミッションを3年延期——新モデル「ULTRA」と月周回衛星事業で反転攻勢へ

ispace(9348)、米国ミッションを3年延期——新モデル「ULTRA」と月周回衛星事業で反転攻勢へ

ispace月面着陸船ULTRAのイメージ

宇宙スタートアップのispace(証券コード9348)が2026年3月27日、重大な事業戦略の見直しを発表しました。米国での月面着陸ミッションを2027年から2030年へ3年延期する一方、日米のランダーを統合した新モデル「ULTRA」の発表と、月周回衛星を活用した新事業「ルナ・コネクトサービス」への参入を同時に打ち出しました。株価はストップ安気配となりましたが、この発表の本質は何か。投資家として押さえるべきポイントを詳しく解説します。

ispaceとはどんな会社か

ispaceは「Expand our planet. Expand our future.(人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界へ)」をビジョンに掲げる宇宙スタートアップです。2010年に設立され、東京・ルクセンブルク・米国の3拠点で約350名のスタッフが月面資源開発に取り組んでいます。東証グロース市場に上場(証券コード9348)しており、民間企業として月面着陸に挑む数少ない日本企業の一つです。

同社の主力事業は、小型の月着陸船(ランダー)と月面探査車(ローバー)を開発し、月への高頻度・低コストの輸送サービスを提供することです。2023年にミッション1、2025年にミッション2を実施しましたが、いずれも月面着陸には至りませんでした。それでも月周回軌道への輸送・運用能力は二度にわたり実証しており、技術的な蓄積は着実に積み上がっています。

今回の発表:3つの重大ニュース

1. エンジン開発遅延と米国ミッションの3年延期

今回の発表の核心は、米国ミッション(ミッション3)の打ち上げ時期を2027年から2030年へ3年延期することです。原因は、搭載予定だった新型エンジン「VoidRunner」(米Agile Space Industries製)の開発遅延です。要求性能を満たす燃料効率の実証に遅れが生じており、ispaceは代替エンジンへの変更を決断しました。

このミッションはNASAの商業月面輸送サービス(CLPS)プログラムの一環として、Team Draperの一員として採択されているものです。NASAとパートナーのDraperとの協議の結果、打ち上げ時期の再設定が決定されましたが、新スケジュールでのCLPS実行についてはNASAの正式承認待ちとなっています。

2. 日米ランダーを統合した新モデル「ULTRA」の発表

ネガティブなニュースと同時に発表されたのが、新モデル「ULTRA(ウルトラ)」です。これまで日米で並行開発していた2種類のランダーモデル(APEX 1.0とシリーズ3)を一つに統合したもので、ラテン語で「超越」を意味します。

統合の目的は品質向上と開発効率の両立です。エンジン調達やソフトウェア開発、過去2度のミッションで得たノウハウを結集し、世界的に高まる月面開発需要に確実に応えるプラットフォームを構築します。組織面でも、日米それぞれのCEO配下にあった開発グループをCTO氏家の直下に集約し、グローバルで統一された開発体制へと移行します。

3. 新事業「ルナ・コネクトサービス」への参入

最も注目すべき新展開が、月周回衛星を活用した「ルナ・コネクトサービス」の立ち上げです。2030年までに少なくとも5基の月周回衛星を投入し、月面・月周回・月-地球間の通信・測位・観測・宇宙状況把握(SSA)サービスを提供する構想です。

ispaceはこの市場規模を2040年代に年間4,500億円規模と試算しています。地上局の整備についてはKDDIと基本合意書を締結しており、国際的なフレームワーク「LunaNet」への準拠も目指しています。第一弾として、米Argo Space Corp.との合意により、最速2027年にも月周回衛星1基を投入する「ミッション2.5」を計画しています。

修正後のミッションスケジュール

今回の発表を受け、ispaceのミッション計画は以下のように再編されました。

ミッション番号打ち上げ予定内容
ミッション2.5(新規)最速2027年月周回衛星1基投入(ルナ・コネクト第一弾)
ミッション3(旧4)2028年日本拠点主導・経産省SBIR補助金活用
ミッション4(旧6)2029年南極近傍への高精度着陸
ミッション5(旧3)2030年NASA CLPS CP-12(Team Draper)

注目すべきは、次の月面着陸ミッションは2028年であり、これは日本拠点が主導する計画で予定通り進行している点です。2030年に延期されたのは米国主導のミッションであり、日本側の計画への直接的な影響は限定的です。

競合との比較:厳しい現実

月面着陸の実績という観点では、ispaceは競合に大きく後れを取っています。米国のIntuitive Machinesは2024年2月に民間企業として世界初の月面着陸に成功し、2026年3月にはNASAから1億8,040万ドルの新規大型契約を獲得しました。Firefly Aerospaceも2025年3月に月面着陸を成功させています。

企業国籍月面着陸実績直近の動向
Intuitive Machines米国成功(2024年)NASAから新規大型契約(約270億円)
Firefly Aerospace米国成功(2025年)月面着陸成功
ispace日本失敗(2回)打ち上げ3年延期・人員削減

一方、ispaceが持つ月周回軌道への輸送・運用能力は依然として希少な技術資産です。月面輸送サービスは技術的難易度が極めて高く、成功企業が限られる中で、2回の挑戦で蓄積した技術的知見は長期的な競争力の源泉となり得ます。

財務状況:赤字継続も縮小傾向

ispaceの財務状況は依然として厳しく、2026年3月期第3四半期(4-12月累計)の最終損益は62.4億円の赤字です。ただし前年同期の73.6億円の赤字から赤字幅は縮小しており、売上高は前年同期比38%増の27億円と成長を続けています。

決算期売上高(百万円)営業損益(百万円)
2021/3506-2,624
2022/3674-4,056
2023/3989-11,023
2024/32,357-5,501
2025/34,743-9,795

問題は今期通期の業績見通しで、エンジン開発遅延の影響により売上高が前期比28%減に下振れする見込みです。ミッション3の前受金が計上できず、原価のみが先行する構造的な課題が続いています。

市場環境:追い風は本物か

ispaceを取り巻くマクロ環境は、実は大きな追い風が吹いています。トランプ政権は2030年までの月面基地・月面原子炉建設を目指す大統領令を発令しており、米国の月面開発投資は加速しています。日本でも高市政権下で宇宙分野の経済安全保障上の重要性が議論されており、政府の宇宙戦略基金による民間支援も継続しています。

世界の宇宙市場は2040年に約130兆円規模(2021年比2.6倍)へ拡大するとの予測があり、日本政府も国内宇宙産業の市場規模を2030年代早期に現在の4兆円から8兆円へ倍増させる目標を掲げています。シスルナ経済圏(地球と月の間の空間)は2040年代に1兆ドル超の市場規模になるとの試算もあり、ispaceが目指す事業領域の成長ポテンシャルは本物です。

投資家として考えるべきこと

今回の発表は、短期的には明らかにネガティブです。米国ミッションの3年延期は計画の大幅な後退であり、株価がストップ安気配となったのは市場の合理的な反応といえます。

しかし中長期的な視点では、評価が分かれます。新モデル「ULTRA」による技術統合は、過去2回の失敗から学んだ教訓を活かした戦略的な判断です。また、ルナ・コネクトサービスへの参入は、月面輸送という単一事業への依存から脱却し、宇宙インフラ企業として事業を多角化する重要な一歩です。

投資判断の3つのポイント

  • 2028年ミッション3の進捗:日本拠点主導の次回月面着陸ミッションが予定通り進行するかどうか
  • ルナ・コネクトサービスの顧客獲得:2027年の月周回衛星投入後、実際の顧客獲得と事業化の進捗
  • 資金調達の見通し:大幅赤字が続く中での財務基盤の安定性と追加調達の可能性

まとめ

ispaceは今回の発表で、短期的な痛みを受け入れながら長期的な事業基盤の強化に舵を切りました。米国ミッションの3年延期は確かに大きな後退ですが、新モデル「ULTRA」による技術統合と「ルナ・コネクトサービス」という新たな収益源の構築は、単なる月面輸送会社から宇宙インフラ企業への変革を示しています。月面開発市場が世界的に加速する中、2028年の次回ミッション成功が同社の命運を左右する最重要マイルストーンとなります。


【参考情報】ispace公式プレスリリース(2026年3月27日)、日経電子版、経済産業省「宇宙産業ビジョン2030」、NASA公式発表

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