米マイクロソフトは、中国政府との関連が指摘されるサイバー攻撃グループ「Storm-0940」が、オープンソースの自律型人工知能(AI)ペネトレーションテストツール「ARTEX」を実戦投入し、世界中の数百に及ぶ組織を標的にしていた事実を公表しました。

攻撃者はITマネジメント大手の米ConnectWiseが提供するクラウドバックアップサービスの認証基盤を突破し、その正規の信頼関係を悪用して2,250を超える企業のMicrosoft 365環境への不正アクセスを試みました。
中国国家関連アクター「Storm-0940」の変貌

従来の低速攻撃から機械速度へのシフト
Storm-0940は、少なくとも2021年から活動が確認されている中国国家支援型の持続的標的型攻撃(APT)集団です。防衛、航空宇宙、エネルギー、半導体、金融、政府機関などの重要インフラ分野を標的に、戦略的機密情報の窃取を行ってきました。
従来、同集団は検知を免れるため、住宅用プロキシなどを中継して低頻度でログインを試みるステルス型のパスワードスプレー攻撃を得意としていました。しかし今回のキャンペーンでは手口が一変し、AIツールを用いた超高速・高密度の自動攻撃へと戦術を移行させています。
| 比較項目 | 従来の攻撃手法 | 今回の攻撃手法(2026年9月以降) |
| 初期侵入経路 | 分散ネットワークからの低頻度スプレー | クラウドバックアップの認証情報窃取とAPI悪用 |
| 試行スピード | 人手による段階的・低速試行 | 毎分最大2,900回の超高速サインイン |
| 特権奪取の所要時間 | 数日〜数週間 | 最短3時間未満 |
| 攻撃対象の広がり | 個別企業へのピンポイント侵入 | サプライチェーン経由で2,250超のテナント |
自律型AI侵入フレームワーク「ARTEX」の正体

脆弱性診断ツールがサイバー兵器へ転用された経緯
ARTEXとは、中国のセキュリティ企業に所属していたエンジニアが個人開発し、2026年7月にオープンソースとして公開された自律型侵入テストツールです。当初は企業のセキュリティ診断を支援する目的で作られ、中国国内のセキュリティ競技会で優勝するなど高い評価を受けていました。
しかし、直後にサイバー犯罪へ悪用されたため、開発者は2026年10月8日にリポジトリを非公開化しました。すでに多数のクローンや派生版が流出しており、アンダーグラウンドでは攻撃性能を向上させた改造版が流通しています。
わずか15秒で侵入を完了させる自律性能
ARTEXは単なるコード生成AIではなく、大規模言語モデル(LLM)と連動して目標の偵察から脆弱性の特定、攻撃コードの実行、データの外部流出までを自動で完遂するマルチエージェントシステムです。
国内セキュリティ大手のS&Jが行った検証実験では、標準的なセキュリティ対策を施したダミーサイトに対し、ARTEXへ日本語で指示を出したところ、わずか約15秒で脆弱性を突いて架空の個人情報を抜き取ることに成功しました。人間が数日かける診断プロセスをAIが秒単位で終わらせる時代が到来しています。
ConnectWiseサプライチェーン攻撃とクラウド特権の強奪手口
Storm-0940は、クラウドバックアップサービス「ConnectWise Cloud Backup」に不正侵入し、同サービスが顧客のデータ復元のために保持していたOAuthアプリケーションの認証情報を窃取しました。

- 正規の信頼関係を悪用: 顧客がサービスに許可していた事前同意権限(Application Permissions)を悪用し、多要素認証(MFA)を迂回して直接テナントへアクセス。
- AIによる高速認証: ARTEXのAIエージェントを用いて、2,250以上のテナントに対して毎分最大2,900件という人間離れしたペースでサインインを試行。
- Microsoft Graph経由の自動永続化: テナント内へ入ると、AIが即座に社内構造を探索し、他の正規アプリにバックドアとなる秘密鍵を追加したり、管理者権限を付与したりして永続的なアクセス権を確立。
結果として、標的選定からわずか3時間未満でクラウド環境の完全掌握に至ったケースが複数確認されています。
日本企業への影響と警戒すべきポイント
日本国内においても無関係ではありません。GMOサイバーセキュリティ byイエラエの調査によると、国内企業への不正アクセス元インフラからARTEXの使用が確認されています。
- 最初に確認された攻撃サーバーでは、標的の約20社中9社が同一業種であった。
- 国内企業を主に狙うAI攻撃インフラが6台特定され、標的となった企業のうち8社が2026年9月から10月にかけて情報漏えいを公表している。
- 金融機関だけでなく、通販、EC、小売、教育、物流、出版など幅広い業種へ標的が拡大している。
現時点で、日本国内の攻撃事案にStorm-0940が直接関与したと断定されているわけではありません。ARTEXがオープンソースとして拡散した結果、国家支援型ハッカーのみならず一般のサイバー犯罪者も容易にこのAIツールを兵器化できる環境が整ってしまった点こそが最大の懸念材料です。
企業が直ちに取り組むべきセキュリティ対策

AIが機械的な速度で攻撃を仕掛けてくる環境下では、従来の人間による定期点検や初動対応では間に合いません。以下の実践的なステップで防衛体制を強化する必要があります。
クラウド連携アプリの緊急総点検
ConnectWiseを利用している企業や過去に連携した実績のある組織は、速やかに以下の手順を実施してください。
- アプリ連携の一時停止: ベンダーからの安全宣言が出るまで、該当サービスの連携接続を無効化する。
- アプリの即時削除は避ける: アプリケーション設定を完全に削除するとログや設定証拠が消去されるため、まずは「無効化」にとどめて調査を行う。
- アプリケーションIDでの検索: 表示名は偽装が可能なため、ベンダー提供の固有アプリケーションID(Application ID)を用いてテナント全体を横断検索する。
- 監査ログの精査: サービスプリンシパルに対する認証情報の不正追加、不審な所有者変更、管理者ロールの割り当てがないかを徹底的に洗う。
マシンケイデンス(機械速度)に対抗する恒久防御
- APIの厳格な認証とレートリミット: 外部公開ポータルや社内向けAPIエンドポイントに対し、サーバーサイドでの厳格な認可と短時間のリクエスト集中を物理的に遮断する流量制限を導入する。
- OAuth権限の最小化と棚卸し: 外部SaaSに過度なテナント全域アクセス権限を与えていないか定期的に棚卸しを実施し、不要な権限は即時破棄する。
- 振る舞い検知の自動遮断: 均一なアクセス間隔や異常なAPI呼び出しなど、AI特有の機械的挙動をSIEMやXDRで検知し、自動でセッションを破棄する仕組みを整える。
- 防御側でのAI診断活用: 攻撃者が秒単位で脆弱性を突いてくる以上、守る側もAIツールやASM(攻撃対象領域管理)を取り入れ、脆弱性の早期発見・自動修復を継続的に回す運用が求められる。
まとめ

今回のMicrosoftの発表は、サイバー攻撃の実行主体が人間のオペレーターから「AIエージェント」へと移り変わり、攻撃速度が飛躍的に加速した転換点を示しています。
「多要素認証を導入しているから安全」という従来の常識は、サードパーティ連携の悪用によって通用しなくなりつつあります。自社の外部露出資産を再点検し、APIアクセスやクラウドアプリアイデンティティのガバナンスをゼロトラストの思想に基づいて再構築することが不可欠です。